話をするということ
忘れがたき木屋瀬町(こせやまち) 「昭和三士年十月・記」
協和製作所社長 渡辺末雄 『丸山敏雄全集』別巻第一より
ついこの間のような気がしますが、もう二十三年前の昔話になります。昭和八年の夏のことですから・・・。
ことに暑い目の午後、丸山先生を訪ねました。勝手知ったお部屋も窓も入り口も開いていまして、先生は中央の机の前にきちんと正坐して字を書いておられます。
私は入口から少しはいって黙って坐っておりました。
書き終られた先生は、にっこり微笑まれまして、「いらっしゃい」と言われ、汗にぬれている私をみられて「脱ぎましょう」とおっしやって、ご自分からシャツ一枚になられました。私は救われたように上着をとりました。
習字の道具をかたづけておられる間に私は机の傍に寄って行きました。そして、家におります時いつも裸でいて、来客ごとにあわてて着物をとる自分の影像を心のなかにうかべておりました。
先生に教えていただくことがあってお訪ねしたのですが、決してご自分の方から教えるというような態度はなさらず、むしろ事業のことや家庭のことなどを、こまごまとおききになるのが常でございました。
この日も機械工作の事などお聞きになるままにお答えしておりますと、
「はあー、そうですか」
「なるほど、大したものですね」
といった具合で、何か手帳に書き込んでおられました。
先生は誰の話でも熱心におききになりまして、要点はいつも書き留めていらっしやるようでございました。あまり熱心におききになりますので、私はつい自分の用件を忘れて帰るところでございました。
「先生、今日は教えていただきたいことがございましてまいりました」
と申し上げますと、静かに机の上に手帳を置かれました。
「私はどうも話がへたでございまして、たくさんの人の前で話をすることは特ににがてで、うまく話すことができません。どういうふうに勉強いたしましたらよいのでございましょうか、お教え願います」
しぱらくして先生は次のような意味のことをおっしやいました。
「いろいろな書物を読んだり、人の話をよく聞いたりレて、知識を広めることも必要でしょうし、技術的には音調を整えることも、人の前で数多く話して練習を積むことも必要でしょう。広い知識で、音調も豊かで、場数を踏みますと、聴く人を一応感心させることができます。しかしそれだけではどこまでも知識であり、調子であり、ただの話術であって、うまい、と感心はしましょうが、感動はしません。感心することと、感動することは別なことになります。話は上手でなくても、知識や技巧を超えて非常に感動させられることがたびたぴあります。
緒局は、その人の人柄に帰するのではないでしょうか。その人が語をしておる態度、話の前後の態度からくる人間としての深さと真実の反射というこどになりましょう。うまく話そうという欲を起こしますと失敗します。
自分の信じていること、体験したことなど、心にひびいた振動を披瀝するのであって、みじんの欲望もあって
はいけないと思います」
先生は穏やかな口調です。
シャツ一枚の先生と向かいながら、さきほどまできちんと着物を着て習字をしておられました先生の姿が私の網膜に現れて、二重うつしのようになってきました。思わず脇の下につめたいものを感じまして、さきほど脱ぎました上着を引き寄せました。
このことを、二十年過ぎた今でも暑い時になりますと、思い出すのでございます。
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